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仙台高等裁判所 昭和45年(ネ)9号 判決

控訴人 国久博之

右訴訟代理人弁護士 大沢三郎

被控訴人 加賀谷堅蔵

右訴訟代理人弁護士 中村潤吉

右復代理人弁護士 菅原英樹

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決末尾添付別紙目録記載の建物を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人の主張

被控訴人と訴外斎藤正雄との本件建物とその敷地(以下「本件土地」という。)の売買においては、同人が被控訴人に対し残代金三四五万円の支払いに代えて他に土地(以下「提供土地」という。)を購入して建物(以下「提供建物」という。)を新築し、提供土地建物を引渡すことを約しているにすぎず、現金交付することは約していないのであるから、被控訴人は右斎藤に対し残代金債権を有しない。存在しない右残代金債権を被担保債権として留置権を認めた原判決は、明らかに理由不備であって取消されるべきである。

2  被控訴人の主張

被控訴人と右斎藤との間の本件土地建物の売買代金六八〇万円のうち金三四五万円については、被控訴人は同人から代物弁済として右金員に相当する提供土地建物の引渡を受ける契約であった。したがって被控訴人は同人に対し反対債権として右の引渡請求権を有し、同人がこれを履行しないときは右契約解除により金三四五万円の原状回復請求権を有しうる地位にあった。右反対債権は本件売買に関連しており、右債権が履行されない限り被控訴人は本件土地建物を留置しうる権利がある。

理由

一、原判決の理由冒頭から原判決四枚目表四行目に至るまでの原審の説示は、当裁判所もこれを正当と判断するものであって、その理由記載(ただし原判決四枚目表四行目に「覆する」とあるのを「覆すに」と訂正する。)をここに引用する。そして、控訴人が昭和四四年三月一三日同年三月一一日代物弁済を原因として本件建物につき所有権移転登記を経由したことは、≪証拠省略≫により明らかであり、被控訴人が現に本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。

二、被控訴人主張の抗弁についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件土地建物はもと被控訴人と加賀谷ヨシ子の共有であったが、右両名は昭和四三年七月二〇日これを代金六八〇万円で斎藤正雄に売渡したこと、右代金の支払方法については被控訴人主張のとおりうち金四〇万円は本件土地建物の所有権移転登記と同時に支払い、うち金一一〇万円は昭和四三年八月一〇日限り支払い、うち金一八五万円については被控訴人の盛岡信用金庫に対する金一三五万円の債務及び秋田相互銀行に対する金五〇万円の債務をいずれも免責的に引受けて支払う約であり、残金三四五万円については金員の支払に代えて右斎藤において他に提供土地を購入して提供建物を新築し、これを被控訴人に譲渡することとし、本件土地建物の明渡は提供土地建物の引渡と同時に、おそくも同年一一月三〇日までにすることを約したが、右斎藤はいまだ提供土地建物を被控訴人に譲渡する義務を履行していないことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると被控訴人は右斎藤に対する関係においては、提供土地建物の引渡を受けるまで本件土地建物の明渡を拒みうることはいうまでもないが、右売買契約の当事者でない控訴人に対する関係において同時履行の抗弁を主張できないことは明らかである。

ところで留置権は、他人の物の占有者がその物に関して生じた債権を有する場合に成立し、物に関して生じた債権とは、債権が物自体より発生した場合及び債権が物の返還請求権と同一の法律関係又は同一の生活関係より発生した場合をいうものと解せられ、目的物の所有権が買主に移転している場合における物の売買代金債権は後者の場合に当り、売主である目的物の占有者は買主に対する代金債権の担保としてその物のうえに留置権を取得するものと解される。しかしながら、本件においては、前記認定のとおり買主である前記斎藤によっていまだ履行されていないのは残代金三四五万円の支払に代わる提供土地建物の引渡義務であり、売主である被控訴人は売買の目的物の残代金債権を有するものでなく、売買の目的物とは無関係な提供土地建物の引渡請求権であって、これが実質上残代金債権の態容を変えたものでこれと等価関係に立つとしても、右の引渡請求権は右斎藤に対して存するのは格別、控訴人には対抗しえないのであるから、これと売買の目的物である本件土地建物との間には留置権発生の要件たる牽連関係はないものと認むべきである。被控訴人は右斎藤が債務を履行しないときは契約解除により金三四五万円の原状回復請求権を有しうる地位にあったと主張するが、右解除がなされなかったことを自認するのみでなく、仮に解除による原状回復請求権ないし債務不履行による損害賠償請求権が発生したとしても、原債権である提供土地建物の引渡請求権と売買の目的物との間に牽連関係が存在しない限り、右原状回復請求権ないし損害賠償請求権と売買の目的物との間にも牽連関係は存在しないというべきである。被控訴人主張の留置権は発生するに由なく、右抗弁は採用できない。

三、被控訴人が本件建物を占有するについて正当権原を有することは被控訴人の何ら主張立証しないところであるから、不法占拠者として所有者である控訴人に対し本件建物を明渡す義務があるものというべきである。

四、よって控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は失当で本件控除は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取消し、民訴法三八六条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽染徳次 裁判官 田坂友男 丹野益男)

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